佐紀御陵山古墳(さきみささぎやま・日葉酢媛命)地図
佐紀瓢箪山古墳 地図
八幡神社 地図
猫塚古墳 地図
鏡玉神社 地図

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佐紀御陵山古墳(さきみささぎやま・日葉酢媛命)

     
 第11代垂仁天皇の皇后で、第12代景行天皇の母にあたる日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)
の墓として宮内庁が管理する。
 日葉酢媛命は垂仁天皇15年に皇后となり、3男2女をもうけて、同32年に亡くなったとされる。
その際、野見宿禰(のみのすくね)が殉死の禁止を進言し、人や馬などのを模したものを土作らせ
て墳丘に立てた。これが埴輪のルーツとされる。 
 古墳の長さ206m、竪穴石室は長さ8.6m、幅1m、高さ1.5m。4世紀後半から末ごろの築造と
考えられている。 
   
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佐紀瓢箪山古墳

   
   

史跡瓢箪山古墳  昭和四十六年五月二十七日指定

 瓢箪山古墳は、前方部を南にむける前方後円墳で、墳丘の全長九六メ

ートル、後円部径六○メートル、同高さ一〇メートル、前方部幅四五メ

ートル、同高さ七メートルである。

 前方部の西南隅で大正年間に土砂採取が行なわれ、一部原形をそこな

っていた。墳丘の周囲には前方部の西南をのぞいて周濠がめぐらされて

いる。周濠が全周しないのは本古墳の西南に隣接する丸塚古墳をさけた

ためと考えられ、丸塚古墳が本古墳に先だって築造されていたことを想

定させる。その他の外部施設としては、墳丘の一部と周濠に葺石が、ま

た墳丘で円筒埴輪の遺存が確認されたが、量は少ない 。後円部の埋葬施

設や副葬遺物については明らかでないが、大正年間の採土の際、前方部

から粘土槨が発見され、碧玉製琴柱形石製品三点が出土したと伝えらて

いる。古墳の築造年代については、墳丘の形態などから古墳時代前末期

から中期初頭(四世紀末〜五世紀初頭)と推定されている。

 本古墳を含む佐紀盾列古墳群は、わが国でも有数の大古墳群であり、

天皇、皇后陵の伝承をもつ古墳が数多くみられるところなどからも、日

本古代史研究上きわめて貴重な古墳群とされている。

 瓢箪山古墳は、この古墳群を構成する前方後円墳の一基として学術的

に貴重な古墳であるところから、昭和四十六年史跡に指定され、昭和四

十八、四十九年度に奈良県教育委員会が環境整備を実施し、前方部の復

元や周濠の一部復元的地上表示を行った。

 平成三年三月

           奈良県教育委員会  


八幡神社

   
祭神 天照皇大神 天照大御神見
    八幡大明神 誉田別命
    春日大明神 天児屋根 
 
   



猫塚古墳

     


鏡玉神社